変化していくことを恐れない。「昨日の自分と違ってこそ自分」という考え方

こんにちは、社会保険労務士・ギャラップ認定ストレングスコーチの ゆかねぇ (@officeyuka) です。

変化が怖い。ましてや新しいことに一歩を踏み出すなんてもってのほか。

できるかぎり変わらない、安定した生活がいい。

いくら頭では理解していても、変わっていくことに対する不安や恐れは本能的な反応でもあるので、そう簡単に拭い去れないものです。

それでもやっぱり変化していくことは必要だし、恐れるほどのものでも実はありません。

なぜなら人間そのものが日々刻々と変化している生き物だからです。

最近感じる自分の変化

私はこれまで、他の人よりも変化には柔軟に反応していると思っていたし、変わらない毎日なんてつまらないと常々思っていた、はずでした。

ところが最近になって「もしかしたら私は変化を拒んでいたのかも」と思うことがあったんです。

それは「手放す」ということについて。

先日、自分がこれまで手放してきた数々の経験を振り返り「こういう手放し方はやっちゃいけなかったよな」という記事を書きました。

やってはいけない手放し方、やるべき手放し方。手放すだけが能じゃない

私、昔はゴリゴリ(笑)のミニマリストで「手放すことは正義」だと思っていたんです。

手放すから手に入ると信じて疑わなかったし、何かに行き詰まったら「捨てなきゃ」みたいな思考回路でした。

だって手放さなきゃ手に入らないから。

でも最近になって「なんか違う」と思うようになってきたんです。

決して守りに入ったわけではないんだけど自然とそう思えるようになったし、しかもその変化を隠したり、恥ずかしいと感じることなく記事に書けたんですよね。

そして実際に記事を書いてみて、いかに自分が手放すことにしがみついていたのかということに気づきました。

なんにも手放せてなかったんですよ、私(苦笑)。

自分がかつて「いい」と思った過去のやり方にしがみつき、変わろうとしていなかったんです。

それがやっと変わることができた。いや、気がつけば変わっていた。

あぁ、よかったなって、心から思ったんです。

変わらないなんてことはあり得ない

そもそも人間は変化を恐れる生き物だと言います。

まだ人間が狩猟民族だった頃、環境の変化は死に直結する事態だったわけですから、生きていくためにできる限り変化を避けようとするのは当然のことなのかもしれません。

じゃあ今の私たちが変わらないままでいいのかというとそれはまた違うし、そもそも変化ってそんなに怖いものではないと私は考えています。

顔を上げ、窓の外を見てください。

雲は時々刻々と形を変え、空は一瞬として同じ色はありません。

風は向きや強さを変えながらどんなときも私たちの周りを巡っています。

人間のからだだってそうです。

目には見えなくても常に細胞分裂を繰り返し、血液は流れ、心臓は休むことなく鼓動を刻み続けています。

そう、すべては絶えず変化しているのです。

それなのに、人間の考え方や行動だけが変わらない、変えられないなんてことはありえない。

どれだけ恐れたって、変化していくのが人間なんです。

ならば変化に抗わず生きていくほうが自然だし、生きやすいはず。

むしろ変化を拒み、変わることを恐れるほうが生きづらく、苦しいはず。

こう考えると変化に抗わず、変わりゆく波に乗っていったほうがずっとずっと楽に生きられると思うのです。

昨日の自分と違っていてこそ自分

結局のところ、昨日の自分と違っていてこそ自分なのだと思います。

「変わらない」「変わりたくない」という不自然な状態を脱出し、流れに乗って柔軟に生きる。

朝令暮改でもいい。昨日始めたことを今日やめたっていい。

そんな自分さえも楽しみながら、0.1%でも変化していく。

そうすればもっと楽に、自分らしく生きられるのではないか

私はそう思います。

最後に

「変化しなければ」と頭ではわかっていても、まだ気持ちが追いつかない。

そういう方もきっといらっしゃるはずです。

そんなときは無理をしなくていい。焦らなくてもいい。

人間も自然と同じように絶えず変わっていく生き物。

そのことを受け入れ、少しずつでも変化の波に乗っていただければと思います。