こんにちは、ギャラップ認定ストレングスコーチの ゆかねぇ (@officeyuka) です。
昨今はブログやSNSで個人の思い・考えを発信することが当たり前にできるようになってきました。私もその恩恵を受けている1人です。
日々の発信はとても楽しく、毎日にハリもあります。
その反面、発信の内容や発信することそのものによって自分自身に負荷がかかっているのも事実ですし、あえてかけている面もあったりします。
ブログを毎日書くようになった
私は先日からこのブログを毎日書くようになりました(まだたったの10日ほどですが)。
「今日から毎日書こう」と決意したわけではありません。「1日書いたら次の日も書けた」が毎日続いている感覚です。
単純にブログを書くのが楽しいんですよね。だから続いています。これが「やらなきゃ」という義務感から始めていたらすぐに挫折していたはず。
音声配信の stand.fm もそうです。

たまたま教えてもらって、やってみたらすごく楽しかった。だから続けています。
そしてブログもstand.fmも、毎日やっていたら「毎日やった方が断然楽だ」ということにも気づき、記事にもしました。

とはいえ毎日数千字のブログを書いたり、音声を収録して配信するのはそれなりに大変ですし、時間もかかります。
しかもその内容は、私がずっと苦手としていた「コツコツ」「習慣化」に関すること意図的に書いていたりします。
いくら楽しいとはいえ、発信することで自分自身に負荷がかかっていることは事実なのです。
なぜ負荷をかけるのか
どんな発信媒体であれ、わざわざ「毎日やっています」と書く必要はないし、ましてや自分が苦手としていることに取り組んでいる様子をレポートする必要も本当はありません。
むしろもし書いてしまったら、そうでなくなったときに矛盾が生じてしまいます。
これは「毎日書くようになった」と言っている私の更新が途切れたら「言ってることとやってることが違う」となる、ということであり、なかなかのリスクです。
それでも私は今、あえて「毎日やるようになりました」と書き、苦手な習慣化に取り組んでいる様子を書いています。
なぜそこまでして自分に負荷をかけるのか。いくつか理由があります。
理由① 自分を鼓舞するため
発信することは宣言することでもあるので、「言った以上はやらなければ、続けなければ」と自分を鼓舞することができます。
実は私は、元々目標を宣言することが大の苦手です。本当に成し遂げたいことは黙ってやりたい派です。

そのためブログや普段の生活でも、高らかに目標を宣言することはやりません。
ただそれだと怠けてしまうことがあるのも事実。特に「毎日続ける」といったことは、黙っていれば誰にも「続けいてるかどうか」がわかりません。
発信すれば日付が残ります。発信内容が残ります。つまり「証拠」が残ります。
これでやらないわけにはいきません。少なくとも私は「言った以上は」と思います。
もしやらなかったとして、「他人に対して恥ずかしい」というよりは「言ったのにできなかった自分に対して恥ずかしい」という気持ちになります。
こうやって自分を鼓舞するために、発信で負荷をかけています。
理由② 自分を鍛えるため
「負荷をかける」という言葉を聞いて真っ先に思い浮かべるのは筋トレでしょうが、発信も同じだと私は考えています。
文章を書くだけなら日記でもなんでもいいわけですし、気が向いたときだけブログを更新しても特に問題はありません。
それをわざわざ退路を断(た)ってまで(ちょっとおおげさですが)更新を続け、記事にするのは、文章力を鍛えるためであり自分自身を鍛えるためでもあります。
人は負荷をかけることで成長できると思うし、そうやって私は成長したい。そのために負荷をかけています。
理由③ 自己肯定感を高めるため
「負荷をかけることが自己肯定感につながる?」と思うかもしれません。
でも私が負荷をかけるのは自己肯定感を高めるためというのが一番の理由です。
自分に負荷をかけると、それを乗り越えようと考えたり行動したり努力をします。
その結果、乗り越えることができると「自分はできるのだ」という自己肯定感が得られます。
この、負荷をかけなければ「乗り越える」という感覚が得られないのがポイント。
自己肯定感は自信につながり、前向きさにつながります。
だからこそ私は、あえて発信し続けることで負荷をかけているのです。
最後に
いろいろ屁理屈言ってるけど要はドMなだけやないか(笑)。
そう言われると身も蓋もないないし、確かにそのとおりです(自分でもそう思ってます)。
でもやらない自分に言い訳するよりは負荷をかけてでもやり遂げたほうが私は楽しいし、気持ちがいい。
だからこれからも楽しみながら負荷をかけていこうと思います。