こんにちは、 社会保険労務士の 渡邊 由佳 (@officeyuka) です。
「標準報酬月額」と聞いて「ああ、アレね」と反応される方はあまり多くはないはずです。
それもそのはず、標準報酬月額は会社が納める社会保険料を計算するときに必要なもののため、給与計算に何らかの形で携わっているかたぐらいしか日常的に触れることがありません。
とはいえ、標準報酬月額は算定方法や算定時期が非常に複雑なうえ、お給料に関わることですからとても神経を使います。
また雇われている側のかたも、社会保険料は半分負担しなければなりませんから、仕組みについて知っておいて損はないでしょう。
そこでこの記事では、社会保険料計算の基礎となる 標準報酬月額 の基本的な考え方についてわかりやすく解説します。
標準報酬月額とは
まず最初に、標準報酬月額とはそもそも何でしょうか。
標準報酬月額は、できるだけ端的に言うと「毎月のお給料から控除する 健康保険料 や 介護保険料、厚生年金保険料 などを計算する際に基となる額」のことです。
わかりました。百聞は一見にしかず、実際に表をお見せします。
上記の表は、計算後の各種社会保険料まで掲載されていますが(都道府県により異なります)、標準報酬月額にあたるのは赤枠で囲んだ部分の額です。
このように、毎月の給料(=報酬)の額に応じて標準となる報酬の月額を細かく等級に区切って定めているものを標準報酬月額と呼んでいます。
なぜ標準報酬月額が必要なの?
先ほどの表だけ見ると、細かく分かれた等級にいちいち報酬の額を当てはめて 標準報酬月額 を出すのは面倒に思えるかもしれません。
では、なぜ 標準報酬月額 が必要なのでしょうか。
健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料といった社会保険料は、従業員一人ひとりに支払われるお給料(=報酬)を基礎として毎月算定されます。
ところが、毎月ずっと給料が同じ額ということはむしろ少数。ほとんどの場合、時間外労働による割増賃金の増減や時給による給与計算などで毎月給料が変動するはずです。
このように毎月異なる給料から社会保険料を算定しようとすれば、間違いも起こりやすくなりますし、何より事務処理がとても煩雑になります。
そこで、「お給料が 25万円 以上 27万円 未満なら 標準報酬月額 は 26万円 」というように「一定範囲の給料(=報酬)額を一つの 標準報酬月額 に集約」させ、事務処理を簡素化するために 標準報酬月額 が設けられているのです。
しかも、よほど大きく報酬額の変更がないかぎり、一度あてはめられた 標準報酬月額 は原則として1年間使用するので、より事務処理が簡素化されています。
そうなんです。毎月計算しなおすのは本当に大変ですからね。
標準報酬月額は何等級ある?
標準報酬月額 は等級が細かく区切られており、また 健康保険 と 厚生年金保険 で等級の数が異なります。
健康保険
健康保険 は、第1級 の 58,000円 から 第50級 の 1,390,000 円 まで、50等級に区分されています。
厚生年金保険
厚生年金保険 は、第1級 の 88,000円 から 第32級 の 650,000 円 まで、32等級に区分されています。
2020年9月から、厚生年金保険における標準報酬月額の上限が第32級の650,000万円に改定されました。
詳しくは以下の記事を参考になさってください。
厚生年金保険の方が等級数が少ない⁉︎
そう思いますよね。実際に、健康保険と比べると厚生年金保険の標準報酬月額はかなり等級数が少ないです。
先ほどの等級表をもう一度見てみましょう。
表に記した矢印の長さを見ていただければ一目瞭然ですが、厚生年金保険の標準報酬月額の設定は随分と狭いです。
これはなぜかというと、厚生年金の場合、月々支払う保険料の計算だけではなく、将来もらうことになる年金の額も標準報酬月額を基に算出します。
もし 標準報酬月額の等級数 を増やし、標準報酬月額の幅 を大きくしてしまうと、もらえる年金額に著しい差が生じるおそれがあるため、健康保険よりも狭く設定されているのです。
標準報酬月額を算定するために
ここまでは「標準報酬月額とはなんぞや」について見てきましたが、実際に 標準報酬月額 を決定(改定)するにあたって非常に重要になってくるのがいったい何が報酬に含まれるのかということです。
報酬の範囲が曖昧だと、標準報酬月額を決定(改定)する際に含むべき報酬を含まなかったり、余計なものを報酬に含めてしまうなどといった間違いが起こりかねません。
ということは、結果的に納めるべき社会保険料にも影響を及ぼしてしまいます。
そこでここからは、標準報酬月額を決定(改定)するにあたって必要な「報酬」とは何か?についてお伝えしていきます。
今までは馴染みのある「給料」もしくは「給料(=報酬)」といった表現を使ってきましたが、今後は「報酬」で統一します。
「給料」も「報酬」も、同じ意味と捉えていただいてけっこうです。
報酬の定義
「報酬」の定義は、健康保険法 にも 厚生年金保険法 にも同じ表現で明記されています。
この法律において「報酬」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいう。ただし、臨時に受けるもの及び3ヶ月を超える期間ごとに受けるものは、この限りでない。
e-Gov「健康保険法」から引用
条文に明記されているとおり、労働者が労働の対償(見返り)として受けるものであればすべて報酬となりますので、通貨によるものだけではなく現物によるものも報酬に含まれます。
ただし、「臨時に受けるもの」および「3ヶ月を超える期間ごとに受けるもの」は、報酬からは除かれます。
報酬に含まれるもの
より具体的に、報酬に含まれるものの例を挙げてみます。
- 基本給、残業手当
- 家族手当、住宅手当
- 日直、宿日直手当
- 休業手当、休職手当
- 通勤手当、通勤定期券
- 年4回以上支給されている賞与
報酬に含まれるものでもっとも注意すべきは通勤手当・通勤定期券でしょう。
所得税 を計算する際には 15万円まで の通勤手当が非課税になるので勘違いしやすいのですが、健康保険・厚生年金保険の標準報酬月額を決定する際の報酬には通勤手当は含まれます。
また、たとえば 3ヶ月分 や 6ヶ月分 をまとめて支払う通勤手当や通勤定期券も、支払い上の便宜によるものでしかないため報酬です。
ですからこの場合 は、1ヶ月あたりの額に計算しなおして、月ごとの報酬額に含める必要があります。
あとは、意外と忘れてしまうものとして残業手当が挙げられます。
時間外労働・休日出勤・深夜労働など、種類を問わずすべての手当が報酬に含まれますのでご注意ください。
年4回以上支給されている賞与 は、たとえ名称が異なっても同一の性質を有すると認められるのであれば報酬に該当します。
報酬に含まれないもの
今度は反対に、報酬に含まれないものを見ていきます。
- 出張旅費
- 解雇予告手当
- 退職金(退職手当)
- (健康保険の)傷病手当金
- 恩恵的に支給される見舞金
報酬に含まれないものの最大のポイントは「労働の対償でない」ということなので、迷ったときは「これは労働の対償と支払われているか?」という観点で考えてみると良いです。
報酬に含まれないもののうちで少し注意したいのは退職金(退職手当)でしょうか。
退職金は、退職を理由に支払われるものですが、退職時に支払われたり、会社の都合で退職前に一時金として支払われる場合は、報酬でも賞与でもありません。
しかし、退職金相当額の全部または一部を在職中に給与や賞与に上乗せして前払いする制度が設けられている場合は、前払いされる退職金相当額は労働の対償としての性格が明確なため、報酬または賞与に該当します。
退職金は、払いかたや払うタイミングによって報酬かそうでないかが変わってくるので注意が必要です。
賞与の定義
標準報酬月額の算定には直接関係がありませんが、報酬に該当しないもののうち3ヶ月を超える期間ごとに受けるものを「賞与」といいます。
賞与を支払う際も社会保険料は控除しなければなりませんが、毎月の報酬から控除する社会保険料とは計算方法が異なりますので別の記事でご紹介します。
現物給与の価額
現物給与とは、報酬または賞与の全部または一部が通貨以外のもので支払われる場合の給与のことですが、その価額はその地方の時価によって厚生労働大臣が定めます。
主なものとしては食事や住居などで、勤務時の制服や作業着は現物給与ではありません(仕事に必要な経費的なものであり、労働の対償ではないため)。
現物給与については、従業員が一部を負担する場合などは取り扱いが変わる場合がありますので注意が必要です。
まとめ
標準報酬月額は、毎月の社会保険料を計算する際に必ず必要なものです。
今の時代、会計ソフトなどに基本給や各種手当を入力するだけで自動的に標準報酬月額を弾き出してくれますが、やはり仕組みを理解しているといざというときに間違いに気づけたりもします。
標準報酬月額の決定・改定時の細かなルールについては別の記事で詳しく解説していきますので、まずは標準報酬月額の基本をこの記事でしっかり押さえてくださいね。
合わせて読みたい関連記事