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人に「使命」というものがあるならば。私に与えられた使命が見えてきた。

こんにちは、ギャラップ認定ストレングスコーチの ゆかねぇ (@officeyuka) です。

「使命」と聞くと「ちょっと重たいな」と感じる人も多いかもしれません。

ましてや「自分に与えられた使命とは?」なんて考えたこともないかも。

私自身も今までは「自分に与えられた使命」なんて考えたこともありませんでした。そんなものがあるとも思ってなかったし。

でもストレングスコーチとして活動していく中で、私に与えられた使命が少しずつ見えてきたような気がするのです。

私の使命ってなんだろう

Gallup(ギャラップ)社からストレングスコーチの認定を受けて、ちょうど丸1年が経ちました。

1年の間にいろんなことがあった気がする(実際あった)けど、「ストレングスコーチという仕事に出会えて良かったなぁ」と改めて思います。

今までのあらゆる経験が、今の場所へと導いてくれたんだ、とも。

 

私、ストレングスコーチという仕事を自分で「天職だ」と思ってるんです。

全然しんどくないんです。楽しくて仕方ないんです。

悩んだり凹んだりすることももちろんあるけど、それも楽しい。

クライアントさんと会うのはもうめちゃくちゃ楽しい。

時間と身体が許すなら、いつまででもコーチの仕事のことを考え「あーでもないこーでもない」ってできる。

 

好きなの。ほんと大好きなの。コーチの仕事(笑)。

 

でも「天職」と「使命」ってちょっと違いますよね?

「天職」「仕事」の意味合いが強いけど、「使命」「人生で自分に課された大きなミッション」みたいな。

じゃあ、私の使命ってなんだろう。

コーチの仕事を通して、ずっと考えていました。

見えてきた使命

私に与えられた使命。

それはまだおぼろげで、「バシッ」とカッコよく掲げることができません。

でもあえて言うとするなら…。

わたしを、貫くこと

じゃないかな、と最近思うのです。

そのことを先日noteにも書きました。

noteの記事は共感性をぶん回したようなポエムですが(笑)、言いたいのはこういうことです。

 

おそらく多くの人は「自分らしく生きたい」「自分を貫きたい」「自分を表現したい」と思ってもなかなかできないと思うんです。

私もずっと怖かったし、ずっと逃げてました。

だけど結局、逃げても逃げても同じところへ連れ戻されていることに気がついたんです。

 

連れ戻す声はいつもこう言っていました(ほんとに聴こえているわけではありません)。

 

おまえは、その生き様をちゃんと見せなさい。

見る人は少ないだろう。受け入れる人も少ないだろう。

だが、たった一人でもおまえの生き様を見て救われる人がいるなら。

おまえを貫き、すべてをさらけだし、その人を救いなさい。

 

わかってたんです、ほんとはずっと前から。

だって、他のことをやろうとしても必ず強制終了がかかって「使命」へと連れ戻されてきたから。

でも自分を貫き通すのはやっぱりまだ怖かった。だから連れ戻されるたびに、また逃げてました。

それに「使命を受け入れる」とは「使命にまつわるあらゆる清濁を併せ呑む」ことだから、面倒なことも厄介なことも全部引き受けるだけの器がいる。

私はまだその器じゃないとも思ってました(面倒だとも思ってたし)。

だけどやっと、使命を受け入れる覚悟が、受け入れるだけの器が、1年間コーチの仕事をやった今、できたような気がしてるんです。

だからこそ「使命」が、私の前に明確な言葉として現れたんじゃないかなって。

 

…どちらかというと「受け入れた」というより「諦めた」に近い感覚です。

それが私の使命なら全部呑み込んで果たしてやろうじゃないの、みたいな(笑)。

使命を受け入れたら

私に与えられた使命を受け入れた今、とても清々しいです。自分でも「一皮剥けた」と感じています。

そして、自分の使命を受け入れ、その使命を果たすために進み出したら…。

ちゃんと使命を果たすための舞台が整ってきました。

うまくできてるんです、世の中って。

あとは私が、舞台の上で踊るだけ。

私は、私を貫く。

たった一人でも、私を待っている人がいる限り。