こんにちは、 社会保険労務士の 渡邊 由佳 (@officeyuka) です。
一般的には「残業代」と言う言葉の方がよく使われていますが、決められた時間を超えて働かせた場合の賃金を、労働基準法では「割増賃金」と呼びます。
そしてこの割増賃金、計算方法が非常に難しいうえに間違えるとトラブルになることも少なくありません。
そこでこの記事では、割増賃金について理解を深め、無用なトラブルを防いでいただくために、割増賃金について隅から隅までわかりやすく解説します。
実際に給与を計算する際の端数処理については、次の記事を参考にしてください。
割増賃金とは?
まず一番最初に、「そもそも割増賃金とは何か?」についてご説明します。
割増賃金とは、時間外労働、休日労働及び深夜労働について、通常の労働時間(又は労働日)の賃金の計算額に一定の率をかけ、割り増しして支払う賃金のことです。
ポイントは3つあります。
①時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して支払う賃金である
割増賃金は、時間外労働、休日労働及び深夜労働といった通常の労働時間以外の労働について支払わなければならないものです。
ここで言う「通常の労働時間」というのはあくまでも「法定」のものなので、次のような場合が該当します。
- 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた労働
- 法定休日(原則週1日)の労働
- 深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)の労働
もちろん、上記は法律上の最低ラインですので、多く支払うことはまったく問題ありません。
②ベースとなるのは通常の労働時間(又は労働日)の賃金の計算額
割り増して賃金を支払うとなると当然ベースとなる賃金が必要になってきますが、その際使用されるのが通常の労働時間(又は労働日)の賃金の計算額です。
この 通常の労働時間(又は労働日)の賃金 の計算方法は給与体系によって異なるので、のちほど割増賃金の計算方法 にて詳しく説明します。
③「一定の率」は法令で定められている
割増賃金を計算するときに使用される「一定の率」ですが、これは割増賃金の支払いが必要な場合に応じて法令でそれぞれ定められています。
こちらについては次の項目で順に見ていきます。
割増賃金の支払いが必要な場合と割増賃金率
次に、割増賃金の支払いが必要な場合とそれに応じた割増賃金率を見ていきますが、わかりやすいように最初に一覧表を載せておきます。
割増賃金の支払いが必要な場合 | 割増賃金率 | |
①時間外労働 | 法定労働時間を超えて労働させた場合 | 2割5分以上 (25%以上) |
②休日労働 | 法定休日に労働させた場合 | 3割5分以上 (35%以上) |
③深夜労働 | 深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)に労働させた場合 | 2割5分以上 (25%以上) |
④時間外労働が深夜時間帯に及んだ場合 (時間外労働+深夜労働) |
5割以上 (50%以上) |
|
⑤休日労働が深夜時間帯に及んだ場合 (休日労働+深夜労働) |
6割以上 (60%以上) |
では、ひとつずつ見ていきましょう。
①時間外労働
時間外労働をさせた場合、2割5分以上(25%以上)の割増賃金を支払わなければなりません。
ここで言う「時間外労働」とは、先にもお伝えしたとおり法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた労働時間のことです。
具体例をあげてみます。
- 所定労働時間:7時間30分(9:00〜17:30、休憩1時間)
- 17:30〜18:00の30分間残業した場合
この場合、所定労働時間を超えて労働していますが、法定労働時間(8時間)以内のため割増賃金を支払う必要はありません(支払うこと自体は自由です)。
「法定」と「所定」の違いについては、次の記事も参考にしてください。
②休日労働
休日労働をさせた場合、3割5分以上(35%以上)の割増賃金を支払わなければなりません。
こちらの「休日労働」も時間外労働と同様、法定休日(原則週1日)に労働させた場合のみ割増賃金を支払えば良いのですが、いくつか注意点があります。
休日労働が1日8時間を超える場合
仮に休日労働が1日8時間を超える場合であっても、その超えた部分の割増賃金率は3割5分以上の率で足ります。
つまり、時間外労働分として2割5分を足し、6割以上の割増賃金を支払う必要はないということです。
これはなぜかと言うと、休日労働には時間外労働に関する規制が及ばないからなんですね。
法定休日以外の休日労働の場合
週休2日制を採用している会社などの場合、休日のうちどちらか1日を「休日出勤」として労働させても、休日労働として割増賃金を支払う必要はありません。
ただし、これはあくまでも休日労働に関してだけの話。
もし、休日出勤させた時間を合算すると週40時間を超えるような場合には、時間外労働として2割5分以上の割増賃金を支払わなければなりませんのでご注意ください。
③深夜労働
深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)に労働をさせた場合、2割5分以上(25%以上)の割増賃金を支払わなければなりません。
この場合の割増賃金は、労働時間の「長さ」ではなくその「時間帯」に対して支払われるものとご理解ください。
[note title=”MEMO”]深夜時間帯は、厚生労働大臣が必要であると認めて定めた地域又は期間については、例外的に 午後11時から午前6時まで となりますが、現在までに定められたことはありません。[/note]
④時間外労働が深夜時間帯に及んだ場合
時間外労働が深夜時間帯に及んだ場合、5割以上(50%以上)の割増賃金を支払わなければなりません。
⑤休日労働が深夜時間帯に及んだ場合
休日労働が深夜時間帯に及んだ場合、6割以上(60%以上)の割増賃金を支払わなければなりません。
先ほどの 休日労働が1日8時間を超えた場合 と異なり、深夜時間帯に及んだ場合には6割以上の割増賃金の支払いが必要ですのでくれぐれもご注意ください。
割増賃金の計算方法
ここまでは、「どんな場合にどれだけの率の割増賃金を支払わなければならないか」についてご説明してきました。
続いて、割増賃金の計算方法を見ていきます。
「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」とは?
冒頭にお伝えしたように、割増賃金は「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」にそれぞれの割増賃金率を乗じることによって計算されます。
これはどういうことかと言うと、賃金をすべて「1時間あたりの賃金額(時間単価)」に換算し、これに時間数と割増賃金率を乗じるということなんです。
とはいうものの、賃金の計算単位は「時給」「日給」「月給」など、働き方や会社によってバラバラ。
そのため、賃金決定単位(時給や月給など)ごとに1時間あたりの賃金額の算定方法が細かく決められています。
[note title=”MEMO”]「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、割増賃金を支払うべき労働が深夜ではない所定労働時間に行われた (とした)場合に支払われる賃金のことです。[/note]
時間単価(1時間あたりの賃金額)の算定方法
割増賃金の時間単価(1時間あたりの賃金額)の算定方法について、こちらもまずは表をご覧ください。
賃金決定単位 | 時間単価(1時間あたりの賃金額) |
①時間 | その金額 |
②日 | その金額÷1日の所定労働時間数(日によって所定労働時間数が異なる場合は、1週間の1日平均所定労働時間数) |
③週 | その金額÷週の所定労働時間数(週によって所定労働時間数が異なる場合は、4週間の週平均所定労働時間数) |
④月 | その金額÷月の所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異なる場合は、1年間の月平均所定労働時間数) |
⑤月、週以外の一定期間 | ①〜④に準じて算定した金額 |
⑥出来高払いその他の請負制 | その賃金算定期間(賃金締切日がある場合は賃金締切期間)における賃金総額÷当該賃金算定期間における総労働時間数 |
⑦上記の2以上からなる場合 | その部分について上記①〜⑥によってそれぞれ算定した金額の合計額 |
そうなんですよね…。いくら表にしたところで、条文の表現そのままでは非常にわかりづらいです。
なので、具体例を出してご説明します。次のような場合を想定してみてください。
- 月給制(表④のパターン)
- 月給24万円
- 割増賃金を支払うべき月 の 所定労働時間数 は160時間
【例1】毎月の所定労働時間数が同じ場合
まず、毎月の所定労働時間数が同じ場合は簡単です。
1時間あたりの賃金額=240,000円÷160時間=1,500円
となり、一件落着。
【例2】月によって所定労働時間数が異なる場合
月によって所定労働時間数が異なる場合は少々厄介です。
なぜなら、表でいうところの「1年間の月平均所定労働時間数」を計算しなければならないからなんですね。
と言っても、次の順序で計算すればOK。
- 12ヶ月分の所定労働時間数をすべて合計する
- ①で合計したものを12で割る(月平均所定労働時間数が出る)
- 割増賃金を支払うべき月の月給(例では24万円)を②で割る
この計算で算定された数字が 割増賃金の時間単価(1時間あたりの賃金額)となります。
割増賃金の除外賃金
割増賃金の時間単価を計算するにあたっては、大前提として計算の基礎となる大元の賃金が必要ですが、次の7種類の賃金は割増賃金の基礎となる賃金から除外されます。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われる賃金
- 1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金
上記の除外賃金については、いくつかポイントがあります。
名称のいかんを問わず実質的に判断
まず、除外賃金に該当するか否かは、名称のいかんを問わず実質的に判断されます。
例えば「家族手当」の場合、「扶養手当」「生活手当」などの名称でも、実質的に「家族1人あたり◯◯円」のように支払われているのなら除外できます。
「別居手当」が「単身赴任手当」などの名称となっても同様です。
算入することは自由
7つの除外賃金は「必ず除外しなければならないもの」ではありません。
割増賃金の計算の基礎となる賃金に算入することは、会社側の自由ですし、もちろん認められます。
制限列挙である
列挙された7つの除外賃金は、制限的に列挙されたものです。
つまり、この7つに該当しない賃金は、「通常の労働時間又は労働日の賃金」に該当するかぎり、割増賃金の計算の基礎となる賃金に算入しなければなりません。
算入しなければならない賃金としては次のようなものが挙げられます。
- 危険作業に従事した場合に支給される危険作業手当
- 特殊作業に従事した場合に支給される特殊作業手当 など
一律に定額で支給されるものの取り扱い
除外賃金の①〜⑤について、労働者に一律に定額で支給されるものは除外賃金に該当せず、割増賃金の計算の基礎となる賃金に算入しなければなりません。
これは、一律に定額で支給されるものは労働者の個人的事情に左右されないためです。
たとえば、②通勤手当 であっても、「3,000円までは通勤距離に関係なく一律に支給する」という場合の「3,000円」は、割増賃金の計算の基礎となる賃金に算入しなければならないということです。
時間外労働の割増賃金に関する特例
特に長い時間外労働を抑制することを目的として、時間外労働の割増賃金について次の特例が設けられています。
時間外労働が月60時間を超える場合
労働者に1ヶ月について60時間を超えて時間外労働をさせた場合には、その超えた時間の労働については通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
この特例については、次の注意点があります。
- 対象となる時間外労働に休日労働は含まれない
- 60時間を超える労働が深夜時間帯に行われた場合は、7割5分以上の率で計算しなければならない
- 中小企業は2024年3月31日までは適用が猶予される
ちなみに、ここでいう「中小企業」とは、次の表の①又は②に該当する事業主のことを指します。
事業の種類 | ①常用労働者数 | ②資本金又は出資総額 |
小売業 | 50人以下 | 5,000万円以下 |
サービス業 | 100人以下 | 5,000万円以下 |
卸売業 | 100人以下 | 1億円以下 |
上記以外の事業(原則) | 300人以下 | 3億円以下 |
代替休暇の付与
会社は、1ヶ月60時間を超える時間外労働を行った労働者に対して、法定割増賃金率の引き上げ分に相当する割増賃金の支払いに代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(代替休暇)を付与することができます。
おっしゃるとおりです。
以下に重要なポイントだけまとめておきますね。
- 代替休暇を付与するためには労使協定の締結が必要(届出は不要)
- 年次有給休暇とは異なる有給の休暇である
- 労働者が代替休暇を取得した場合でも、通常の割増賃金率(原則2割5分以上の率)は必ず支払わなければならない
代替休暇は年次有給休暇とは異なる有給の休暇です。
年次有給休暇については、以下の記事で詳しく解説していますので参考になさってください。
まとめ
割増賃金の仕組みは非常に複雑で、だからこそ労使トラブルの元になることも多くあります。
困ったときはこの記事を思い出していただき、自信を持った対応をしていただければと思います。
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