不言実行派宣言〜私が不言実行派である理由〜

こんにちは、 渡邊 由佳( @officeyuka )  です。

近頃は有言実行がもてはやされ、「不言実行はなんだか肩身が狭い」と感じているのは私だけでしょうか。

私は有言実行を試みたこともありますが、やっぱり不言実行のほうが性に合っているので堂々と不言実行派を名乗ることにしました。

不言実行とは

まず、せっかくの機会なので「不言実行」という言葉の意味を改めて調べてみることにしました。

【不言実行】

文句や理屈を言わずに、黙ってなすべきことを実行すること。

デジタル大辞泉より引用

なんかカッコよくないですか?

「つべこべ言わずに黙ってやれよ」みたいな人が多いなか(自分比)、文句言わず理屈もこねずに黙々とやるってステキです。

 

ちなみに「有言実行」についても調べました。

【有言実行】

《「不言実行」からつくられた語》発言したことを責任をもって実践すること。

デジタル大辞泉より引用

調べてみて驚いたのですが、実は「有言実行」という言葉は「不言実行」をもじって作られた言葉なのだそうです。

しかも最近になってできた言葉だとか。これは知りませんでした。

私が不言実行派である理由

私は子供のころから「自分は不言実行派だ」という自覚がありましたし、今でもそうです。

そして、不言実行派であるのには様々な理由があります。

理由① 努力を人に知られたくない

私は努力を人に知られるのがめちゃくちゃ嫌いです。

(といってもやりたいことをとことんやってるだけなので、「努力」という表現は適切でないかもしれませんが)。

「練習や勉強をしているところを誰にも見られたくない」と本当に子供のころから思っていましたし、実際見せませんでした。

社労士試験の勉強も、主人の前ではやらなかったぐらいです。

ただのカッコつけかもしれませんが、努力は影でして、勝負は結果でしたい。

そう思っています。

理由② 自分の思いを邪魔されたくない

「こんなことをやりたい」「これをやります」と宣言したときに、次のようなことを言われることがあります。

「それは無理だよ」

「できるわけがない」

他人から否定される言葉を受けたとき、「なにくそ」と思えたり、いっそのこと原動力に変えることができるならいいのでしょうが、弱い私はできません。

「そうか、やっぱり無理か」と諦めてしまいます。

でも、どうしても譲れない思いはありますし、そんな大切なものまで他人にやいやい言われたくありません。

自分にとって本当に大切な思いは誰にも邪魔されたくないのです。

理由③ 目標に追い詰められたくない

世の中には「高い目標を設定し、それに向かって努力する」タイプと、「目の前のことをコツコツやっているうちに気がついたら高いところにいた」タイプがいると私は思っています。

そして私は後者であり、むしろ目標を設定することで自分を追い詰めてしまうタイプです。

誰に言わなくても「目標」というだけで自分を追い詰めてしまうのに、他人に宣言などした日には潰れることが目に見えています。

「それはあなたが弱いだけじゃないの?」と言われたらそうかもしれませんが、今まで幾度となく自分を追い詰め、苦しい思いをしてきましたからもういいです。

自分の能力を最大限発揮できる方法は心得ているつもりです。

理由④ 宣言したことに縛られたくない

私はひどい飽き性ではありませんが、自分の直感をすごく大事にしています。

そのため、「これ!」と思ったら、どれだけ大切なものでも実現間近なものでもあっさり手放してしまうことがしばしば。

でも、何かを宣言してしまっていると周りに迷惑をかけることもありますし、結果的に自分自身を縛ってしまうことにもなります。

「束縛」は私がもっとも嫌いとするところです(笑)。

目標が達成されるならどっちでもいい

私は有言実行派を否定するわけでもありませんし、「言ったことをやり遂げられるってすごいなあ」と素直に思っています。

とはいえ、「全ての人が有言実行で生きられるわけではない」とも。

それなのに、有言実行は「声に出す」分アピール度が高く、評価されやすい傾向があるような気がするのです。

本当は、目標が達成されるならどっちでもいいのに。

自分が有言実行派か不言実行派か。

「自分がどう生きたいか」から考えてみるのもいいかもしれません。